2000年 9月

第2子出産

parin

今回は、わたしの実家(札幌)に帰っての出産になった。

臨月頃から超音波検査の結果の度に「大きい」と言われ続けていて、最後の健診では胎児の推定体重は「3,500g以上」とのことだった。そんなこともあってなんとなく8月末には生まれるかな、と勝手に思い込んでいたが、9月に入って1週間たっても陣痛が始まらず、これ以上大きくなったら難産かも・・・・ひょっとしたら帝王切開???とけっこう不安になる。

でも9月10日の深夜3時に隣で寝ていた日南子が寝ぼけて起きて、寝かしつけているとき破水して入院となった。雨が激しく降る中、祖父と父に付き添ってもらい、母に日南子をお願いしてタクシーで病院へ。母から聞いた話では、お産が始まるのは雨の日や夜中が多いとか。今回は両方とも当り。

陣痛室のはいったものの、5分に1回の微弱陣痛しかおきず、「今回も促進剤かなあ」と考える。午前4時半から8時半までずーっと5分間隔で少し腰の方が痛いだけ。でも子宮口は5cm以上開いているとのこと。

午前8時40分に先生が来て、やはり促進剤を点滴することに決定。点滴しはじめてからすぐに真基さんが東京から産院に到着。陣痛室で久しぶりに(1か月ぶり)二人で話をする。

促進剤によって徐々に陣痛は強くなっていくものの、前回の経験で経過が分かっていたこともあって、日南子の時と違って冷静に受けとめることができた。「陣痛ってこんな痛みだったっけねえ」って感じ。陣痛が始まると、まず腰から肛門にかけて痛みが走り、じわーっと腰全体が痛くなり、ピークを過ぎるとすーっと痛みが引いていく。自分の手(火照っていて熱かった)で腰をぎゅーっと押すとすごく楽だった。真基さんにも腰を押してもらった。特大カイロとかあったらよかったかも。

今回は陣痛室ではすごく楽に過ごせた。真基さんとも普通に会話ができたし。笑ったのは助産婦さんが様子を見に来る度に促進剤のレベルを上げっていったこと。40から始めて、50、60、70とどんどんチャージアップ。最終的には90まで上げられたときは「おいおい」って感じで二人で笑ってしまった。

そうこうして促進剤を打ち始めてか2時間後くらいからけっこうきつい陣痛が来始め、いきみたい感じが出てきた。おしりの方に強い圧迫感が来るようになる。それでもまだまだこんなもんじゃないと思って耐える。11時頃に試し(?)にナースコールで「いきみたい感じが出てきたんですけど」と言ってみる。助産婦さんがきて、子宮口を調べてくれた。内心「まだ7~8cmくらいかな」と思っていたが、なんと全開しているようで、「すぐ分娩室の用意してあげるね」とのこと。拍子抜けしながら分娩室に移動する。真基さんも「早かったね」と意外な展開の早さに驚いている。

しかし陣痛室は楽だったものの、分娩室では結構つらかった。日南子の時の経過が分かっているのがかえって仇となった。はやく産まなきゃ、とあせってしまい、かえってパニックに。陣痛が来ているんだか、来ていないんだか訳がわからなくなる。日南子の時はうまくできたのに。どうしてもいきむときに目をつぶって、うなり声を上げてしまう。2、3度目のいきみあたりからようやくうまくいきめるようになってきた。

頭が出た直後、焼けるような痛みが走るが、「とにかく出さねば」死に物狂いでいきむ。半分ほど出たらしいが、なかなか全て出て来ない。と、突然先生が私のお腹に乗っかって全身の力を込めてぎゅーっと押し始めた。一瞬「げーっ、何だ??」とびっくりたまげたが、押されてすぐに全部出て楽になった。やはり男の子。結局促進剤を打ち始めてから3時間で生まれた。

生まれた直後先生が「でっかいなあ」とつぶやく。重さを計るとなんと3,832g!!!大きかったせいでやっぱり切開されていた。でも今回の切開は小さくすんだようで縫合時間も5分かからなかった。日南子の時は入院中ずーっと切開の跡がひきつって痛かったが、今回は痛み止めの薬も飲まずにすんだ。でも日南子の時はほとんど、というか全く感じなかった後陣痛と腰痛に悩まされる。後陣痛は退院の時まで続いた。どういう周期かわからないが、腰とお腹がきゅーっと痛くなるのだ。経産婦の方がこういう痛みが出るらしい。入院中は新生児より日南子の方が心配だったが、父母、祖母がよく面倒を見てくれて助かった。

しかし、生まれた子は産院ではダントツに大きかったようで、新生児室にいるうちは見舞いの人々から驚ろかれ、看護婦さんには「ジャンボちゃん」と呼ばれていた。隣の部屋の人(この人の赤ちゃんは3,500gだったとのこと)から話しかけられ、「自然分娩でしたか?」と聞かれる有様。ほんと、なんでこんなに大きくなっちゃったんだろう。

入院中は同室(二人部屋)の産婦さんと仲よくなり、お菓子を交換したり、夜中の授乳中いろいろお話しができて楽しかった。今回の産院は最初産んだ直後の24時間以外は完全母子同室だったのだが、うちのジャンボ君はまあまあ順調で、授乳もほぼ2~4時間ごとで、その間ほとんど眠ってくれていたので助かった。まあ最初はみんな大人しいんだよね。そのうちどうなることやら。

母乳も3日目にははってきて、なんとかなりそう。3日目には母乳量が34cc出て、助産婦さんに「普通は5ccぐらいだよ」と驚かれる。日南子が去年まで吸っていたせいか、乳房の状態はとてもいいようだ。やわらかいのにたくさん出る。ジャンボ君の吸い方もなかなか力強いので、日南子の時のような緊迫した授乳とは全然違い、かなりリラックスした雰囲気でできる。やはり2人目ということで精神的に楽だからかもしれない。ジャンボ君も産まれて1、2日は無残につぶれて平面的な顔ととんがりコーンのような頭であったが、退院する頃には立体的(?)になってまともになってきた。やはり日南子に似ているが、もっとごつい感じがする。

名前はあれこれいろいろ考えた結果、裕月(ゆづき)に決定。1か月健診までは札幌にお世話になる予定だが、裕月と日南子はどういう風になるのかなあ。最初日南子は眠っている裕月には目もくれなかったが、退院してきておっぱいを飲んだり、泣いたりする裕月を見て興味津々で近寄ってきた。「いい子。いい子」ってなでなでしたり、ほっぺをつついたり、今のところは平和。特に意地悪もしなければ、赤ちゃんがえりもしないけど。今後要注意だな。

と、いうわけでとりあえず出産報告でした。

P.S.豊田のお父さんお母さん遠いところお見舞いに来ていただきありがとうございました。

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ABOUT ME
mika
mika
横浜在住。 妊娠から出産、子供たちが幼稚園に入るまでの約5年間、子育て日記をホームページで発信していました。遠く離れた祖父母たちへ届けるつもりで始めましたが、思いのほか多くの方に読まれて様々な交流が生まれました。今回のその内容をwardpressに移行して見やすく再編してみました。ずいぶん昔のことになりますが子育ての参考になることがあるかもしれません。よろしければご覧ください。
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